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京都地方裁判所 昭和31年(行)21号 判決

原告 有限会社富山館

被告 下京税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告会社代表者は「被告が昭和三十年三月三十一日原告の昭和二十八年九月一日から昭和二十九年八月三十一日に至る事業年度の法人所得につき所得金額を五十三万七千五百円、同税額を二十二万五千七百五十円とした更正決定(但し大阪国税局長の昭和三十一年九月三日附審査決定により所得金額三十九万四千百円、同税額十六万五千五百二十円と変更せられた)のうち所得金額二十七万三千五百円同税額十一万四千八百七十円をそれぞれ超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告会社は肩書地において旅館業を営んでいたものであるが、昭和二十八年九月一日から昭和二十九年八月三十一日に至る事業年度の所得金額は二十七万三千五百円、同税額は十一万四千八百七十円となるので、昭和二十九年十月十八日被告に対しその旨の確定申告をしたところ、被告は昭和三十年三月三十一日右所得金額を五十三万七千五百円、同税額を二十二万五千七百五十円とする旨の更正決定をした。そこで原告会社はこれを不服として同年四月二十三日被告に対し再調査請求をしたが同年六月五日右請求は棄却されたので更に同年六月二十九日大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は昭和三十一年九月三日被告のなした更正決定を一部取消し、所得金額を三十九万四千百円、同税額を十六万五千五百二十円と変更する旨の審査決定をした。しかしながら右審査決定による変更後の金額もなお過大に失し不当であるから、被告のなした更正決定につき前記確定申告額を超える部分の取消を求めるため本訴に及んだ、と述べ、被告の主張に対し、原告会社の帳簿は正確であり、前記確定申告も亦専門業者に委任して決算した結果に基いてしたものであつて被告主張のような脱漏は全くない。のみならず旅館業による所得は固定したものの移動によつて得られるものではなく又その営業区域、設備及びその取扱いの程度によつて必ずしも一定するものではない。特に原告会社は西本願寺の近傍に所在し、その宿泊客は同寺に参拝する田舎からの上洛客又は同寺の系統に属する修学旅行の学生であつて、できる限り廉価であることを要するから市内目抜きの地域に存在する旅館又は娯楽気分の客を宿泊せしめる旅館とは著しく異るのである。よつて被告の主張は失当である、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人等は主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告会社主張の請求原因事実中原告会社の業務、確定申告更正決定、再調査決定及び審査決定に関する点はこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告のなした更正決定及び大阪国税局長のなした審査決定は適法且正当であつてその理由は次のとおりである。

一、更正決定について、

被告は原告から確定申告書の提出があつた後所属係員山村勇をして右申告所得額の当否について調査せしめたところ、原告会社は現金の管理状況及び帳簿記録の状態が極めて悪く、法人税課税標準計算のためには自家消費分の金額を明瞭に区別しなければならないのに拘らず、これを経費の中に一括したままにしてその区別が不可能になつていた。又これに加えて原告会社の確定申告書に添付された損益計算書の記載によれば収入金が同業者の一般標準に比し著しく少額であり、その反面経費が著しく多額である事実を考え合わせると、原告会社の帳簿は事実を真正に記録しているものとは認められなかつた。従つて原告会社の所得金額は帳簿記録に基いて計算することができないので被告は大阪国税局において作成した法人の効率表の各種標準率を参考にし、又下京税務署管内で調査した同業者の業態や営業成績を比較検討し、或は原告会社を調査した当時の売上脱漏状況等を考え合せ、しかも原告会社の希望や特殊事情を十分に採り入れた上、次のとおり原告会社の所得金額を計算し更正した。

(1)  自家消費十四万四千円について、

原告会社が損金に計上している材料費やその他の家事関連費(水道光熱費、地代家賃等)の一部は代表者を含めた家族六人の生活費に充当せられているに拘らず、原告会社においては右生活費に充当した費用を他の同業者がしているように自家消費額として区分し会社の経費から、減算する経理をしていない。そこで被告は原告会社が富山県の老人団体や学生団体を主とする中流以下の旅館であること及び調査時の現況等を考慮して一般標準(一人当り月額金三千円)より低い一人当り月額金二千円を自家消費額とし六人で月額金一万二千円、年額金十四万四千円が相当であると認定した。

(2)  売上脱漏十二万円について、

原告会社の提出した損益計算書によつて原材料費、人件費、経費及び営業利益並びにこれらの売上(基本収入金)に対する比率を計算するとそれぞれ次のとおりとなる。

(イ)  原材料費比率

原材料費   売上

615,455円÷2,081,690=29.6%

(但し原材料費の算式は

期首商品 期中仕入 期末商品

5,135円+619,920円-9,600円=615,455円

(ロ)  人件費比率

人件費    売上

334,100円÷2,081,690円=16.0%

(ハ)  経費比率

経費     売上

612,824円÷2,081,690円=29.4%

(但し経費の中には特別経費である減価消却費十六万七千六百八十六円、公課のうち経費に算入することができない法人税等三十四万五千六十円、否認した自家消費額十四万四千円及び人件費三十三万四千百円は入つていない)

(ニ)  営業利益率

営業利益   売上

519,311円÷2,081,690円=24.9%

(但し営業利益の算式は

売上      原材料費 人件費    経費

2,081,690円-(615,455円+334,100円+612,824円)=519,311円)

しかして大阪国税局作成の法人の効率表によれば団体旅館の業目に掲記する前記(イ)乃至(ニ)の各標準比率は次のとおりである。

(イ)  31.6%  (ロ) 10.7%  (ハ) 30.0%  (ニ) 27.7%

そこでこの標準率と原告会社の実績の原材料費等を基礎にしてそれぞれの場合の推定売上額を算出しこれを平均して標準売上額を求めれば次のとおり二百三十七万九百四十円となる。

実績の原材料費から見た標準の売上、615,455円÷0.316=1,947,642円

実績の人件費から見た標準の売上、 334,100円÷0.107=3,122,430円

実績の経費から見た標準の売上、  612,824円÷0.300=2,042,747円

右各売上の平均…………………………2,370,940円

この標準売上額に標準営業利益率を乗ずると次のとおり六十五万六千七百五十円の利益金額が算定せられる。

237,0940円×0.277円=656,750円

以上の次第で被告は右認定計算に基いて更正すべきであつたが、原告会社が主張するような事情をも考慮した結果、明らかに脱漏して修正を要すると認められる(1)の自家消費額十四万四千円及び(2)の売上脱漏額のうち十二万円のみを原告会社の申告額に加えその所得金額を五十三万七千五百円と更正したのである。

二、審査決定について、

大阪国税局長は原告会社よりの審査請求に対してこれを大阪国税局協議団京都支部の協議に付し、同支部は前記更正決定の当否を検討するため協議官伝崎正郎をして調査せしめたところ、原告会社の実情は先に前記山村勇において確認したとおりであつて売上脱漏額に関する原告会社の申立は全く理由がなかつたが自家消費額については原告会社の家族が挙げて営業に従事しているという特殊事情を考慮し、特にこれを従業員に対する現場給与と認めて損金に算入することとし、その結果大阪国税局協議団本部長は

(イ)  売上脱漏額十二万円

(ロ)  寄付金損金算入限度額超過額六百四十円

(課税標準が減少したため損金算入限度額も減少したことによる)

を前記原告会社の申告額に加えて所得金額を三十九万四千百円とする旨の協議決定をし、大阪国税局長は右協議決定に基き原告会社主張のような審査決定をしたのである。

以上のとおり結局被告のなした更正決定には何らの違法もない。と述べた。(立証省略)

理由

原告会社がその昭和二十八年九月一日から同二十九年八月三十一日に至る事業年度の所得金額を二十七万三千五百円、同税額を十一万四千八百七十円として昭和二十九年十月十八日被告に対し確定申告をしたところ、被告が昭和三十年三月三十一日原告会社の右年度所得金額を五十三万七千五百円、同税額を二十二万五千七百五十円と更正したこと、原告会社が右更正決定を不服として同年四月二十三日被告に対し再調査請求をしたが、同年六月五日棄却されたので更に同年六月二十九日大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は昭和三十一年九月三日被告のなした更正決定を一部取消し右所得金額を三十九万四千百円、同税額を十六万五千五百二十円と変更する旨の審査決定をしたことはいずれも当事者間に争いがないところで被告のなした更正決定は大阪国税局長の審査決定により一部取消され結局原告会社の所得金額は金三十九万四千百円に更正されたこととなるから本件の争点は原告会社の申告に(一)売上の脱漏十二万円があるか否か、及び(二)寄付金のうち六百四十円を過大に損金として算入しているか否かの二点に帰着するわけである。よつて右の点につき順次判断する。

(一)  まず証人山村勇、同伝崎正郎、同池田茂夫(但し後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、原告会社においては昭和二十八、九年頃経理関係書類として売上帳、現金出納帳等の帳簿を備えてはいたけれども右帳簿の記載方法には頗る不備な点が多く、又伝票がありながら帳簿に記載のないもの及び代金の領収書や納品書がありながら伝票のないものがある等その整理状況は非常に悪かつたのみならず、原告会社の現金は代表者個人又はその家族の現金と一括して代表者が手提袋等に入れて保管しその間何らの区別もなされていなかつたことが認められ、証人池田茂夫の証言中右認定に反する部分はにわかに措信することができず又成立に争のない甲第七号証を以てしても右認定を左右するに足りない。して見ると右帳簿等は取引の実際に即し正確な記帳がなされているものとは認め難く被告において右帳簿等に基き原告会社の正確な所得金額等を算定することは不可能な状態にあつたものと考えられるから、被告がこれを推計の方法により認定するに至つたことはやむを得ないものというべきである。

しかるところ成立に争のない甲第一号証中損益計算書及び勘定科目内訳説明書によれば被告において推計の基礎とした原告会社申告の前記年度における原材料費、人件費、経費がそれぞれ被告主張のとおり算定され(但し右経費の計算に当り被告において当初損金であることを否認した自家消費額十四万四千円が除かれてはいるけれども、後記売上の推計に際しては経費を少く見積ることによりそれだけ売上も少く算定され、従つてこの点はむしろ原告会社にとつて有利に作用すること明白である。)又成立に争のない乙第一号証の一、二(大阪国税局作成の法人の効率表)によれば、団体旅館において右のようにして算定された原材料費、人件費、経費の各売上に対する標準比率及び営業利益の売上に対する標準比率がそれぞれ被告主張のとおりであることが認められ、これらに基き被告主張のような方法によつて原告会社の売上及び営業利益を推計すれば、その売上は二百三十七万九百四十円、その営業利益は六十五万六千七百五十円となること計算上明かである。しかして右乙第一号証の一、二の記載及び弁論の全趣旨を綜合すれば右法人の効率表なるものは大阪国税局において昭和二十九年十月頃から十二月頃までの間に管内において調査した結果及びその他の資料に基き法人について各業種別に収入金額、営業利益等の推計指数及び前記の比率等の標準を算出した結果作成せられたものであつて本件のような場合右効率表に基き且被告主張のような方法で営業利益を推計することは他に特段の事情がない限り一応合理的なものということができる。尤も原告会社はその宿泊客が寺院参拝のため地方から上洛する老人団体及び修学旅行の学生団体であつて宿泊料を特に廉価にする必要があるから他の一般団体旅館とは同一に論じ得ないと主張するけれども被告は原告会社の所得金額を右推計どおり六十五万六千七百五十円と更正することなく売上において十二万円のみの脱漏あるものとし、これに申告額二十七万三千五百円を加えて結局右推計額を遙かに下廻る計三十九万三千五百円と認定したのであるから原告会社主張の右特殊事情を考慮に入れても被告の右認定を不当ということはできない。

(二)  次に前顕損益計算書によれば原告会社は前記年度における寄付金六千八百九十五円を全部損金に算入していることが認められる。しかしながら、法人税法第九条第三項及び同法施行規則第七条第一項によれば法人が各事業年度において支出した寄付金のうち当該事業年度の資本金額に千分の二・五を所得金額に百分の二・五を各乗じて算出した金額の合計金額の二分の一に相当する金額を超える部分は損金に算入し得ないこと明白である。そして右損益計算書によれば原告会社の前記年度における資本金額は百万円であり、所得金額を前認定の三十九万三千五百円と右寄付金六千八百九十五円の合計四十万三百九十五円として計算すると原告会社が支出した寄付金のうち六百四十円については損金に算入し得ないこと明かである。

以上のとおり被告のなした更正決定には結局何らの違法もないことに帰着するから、その一部取消を求める原告会社の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 嘉根博正 大西勝也)

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